慈受院門跡

由緒

当寺は、京都上京区の堀川通り寺の内を少し北に上がったところにございます。
臨済宗の尼門跡寺院で山号は広徳山。ご本尊は釈迦如来様、古よりは、薄雲御所又は烏丸御所、竹之御所と呼ばれてまいりました。

建立は1428年にさかのぼり、足利義満の子息足利義持(足利4代将軍)の正室日野栄子(慈受院浄賢竹庭尼大禅師)が、亡夫の遺言により、天皇家の菩提を弔うため建立したと伝えられています。

その後、宮家、摂関家から代々住持し後西天皇の皇女瑞光内親王、伏見宮息女らも入寺した由緒ある比丘尼御所として法灯を灯し続けてまいりました。

慈受院の旧地は、王朝貴族の代表的人物で栄華を誇り、源氏物語の主人公の一人と言われる藤原道長が建立した法成寺の跡地でした。このお寺は極楽浄土をこの世に再現したといわれ、藤原道長の故地であることから源氏物語のゆかりの地と遺っています。また『源氏物語』第十九帖「薄雲」では、光源氏が亡くなった藤壷中宮への哀悼として「入日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる」と歌われています。

慈受院の庭

京都でも屈指の大通りである堀川通りに面しながら、凛とした空気が張り詰め静寂を保つ境内には様々な山野草が四季を通して咲いてゆきます。
すべてを受け入れ強く凛としている植物たちは、私たちの心をいやし元気づけてくれます。

慈しみの庭

あの世の化身である白蛇弁財天様と樹齢800年と伝えられるご神木の楠木が凛とたたずみます。
楠木の横にある大石は出世石と呼ばれ、豊臣秀吉が座り瞑想をしたと言われています。

また庭の松は、加藤清正公が朝鮮より持ち帰った松ぼっくりを秀吉に献上したものを、秀吉が当寺へおさめ尼僧が庭にまき、生育して松の実ができると天皇へ献上して食されたと伝えられています。

春は桜、秋は紅葉と日本の四季を感じる美しい風景と、優しく堂々とした自然の力強さが感じられるお庭です。

山野草の庭

耳を澄ますと鳥の鳴き声やそよぐ風の音が聴こえ、心と体を包み込む。

やわらかな日差しと静寂が心身を癒し浄化をしてくれる。

草花や鳥や虫たち、そして人。

生きとし生けるものすべてに注がれる優しい愛を受け取ることができるお庭です。

慈受院のお地蔵さま

お庭の所々におられるごきげんよう地蔵さま、慈しみ地蔵さま、叶う地蔵さま。

ごきげんよく生きると、慈しみの心が芽生え、おのずと願いが叶う。

お地蔵さま達がそんなメッセージを伝えてくださいます。

慈受院の寺宝

皇室、摂関家の子女を住持として迎えてきた門跡寺院である当寺には多くの宝物が伝えられています。

室町時代に制作されたとされる、藤原氏繁栄の礎を築いた藤原鎌足の一生を描いた作品「大織冠絵巻」や、狩野探幽の孫にあたる狩野探信が描いた花鳥図屏風、豊臣秀頼公産湯の道具と伝わる桶と水差し、多くの古文書などを所蔵しております。
また本堂は、御所より光格天皇の御産殿を賜り移設された建物です。